本学術変革領域研究B01班の研究分担者である森先先生が、浜田青陵賞を受賞されました。旧石器時代の研究分野では初めてとのことです。受賞理由は以下の通りです。本当におめでとうございます。
第36回濱田青陵賞選考委員会は、2024年(令和6年)5月28日に開催され、厳正な審査の結果、東京大学大学院人文社会系研究科准教授の森先一貴氏に決定した。
森先一貴氏は、2002年に大阪大学文学部人文学科を卒業後、東京大学大学院新領域創成科学研究科に進学。2009年に同博士後期課程を修了し、博士(環境学)の学位を取得した。独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所主任研究員、文化庁文化財調査官などを経て、2022年に東京大学大学院人文社会系研究科に准教授として着任し、現在に至る。
森先氏の中心的な研究領域は日本列島の旧石器時代から縄文時代草創期にかけての人類活動に焦点を当てた先史考古学である。列島の旧石器時代を東アジア世界の中でとらえる視野の広さ、世界の先史考古学の成果に照らしてその人類史レベルでの位置づけを展望するスケールの大きさ、石器の型式研究と高精度年代測定により考古編年を再構築し、古気候・古環境研究と接続して「人類生態系」という新たな切り口から列島人類史を論じ直す学際的アプローチなどが研究の大きな特徴であり、高く評価できる点である。
その成果は『旧石器社会の構造的変化と地域適応』(2010年、六一書房)、『旧石器社会の人類生態学』(2022年、同成社)などの専門書で学界に問うだけでなく、『境界の日本史』(共著、2019年、朝日選書)、『日本列島四万年のディープヒストリー 先史考古学からみた現代』(2021年、朝日選書)などの一般書においても、地域論、文化論の興味深い叙述として活かされている。
『旧石器社会の構造的変化と地域適応』においては、本州から九州まで広域にわたって悉皆的に考古資料を集成し、丹念な編年研究に基づいて、列島各地に環境変化に応じて個性的な適応形態をもつ多様性豊かな社会が成立していく過程を体系的に論じた。
『旧石器社会の人類生態学』では、分析対象を北海道から南西諸島に広げるとともに、東アジア全域も議論の射程に入れて列島旧石器時代の研究を深化させる。石器資料の広域研究を基礎に、気候学、地質学、植物学、動物学など第四紀学の成果を積極的に取り入れて、かつては等質的と評価された当該期の列島文化に、実は地域環境に対応した多彩な地域差が芽生えていたこと、その背景に列島の後期旧石器時代初期に起きた複数回の人類移住があったことを論じ、列島内への人類の拡散と定着に関するダイナミックな学説を提起した。また、こうして成立した旧石器時代社会が変容を遂げながら縄文時代に移行していくプロセスについても研究を深め、縄文時代の始まりは地域ごとに個性的であって、土器出現、定住開始、文化伝播といった一元的な説明を拒む複雑さを持つことを指摘し、この複雑さこそが列島先史文化の顕著な特徴であるとの見通しを示している。
現生人類の拡散と適応の歴史は、日本列島にとどまらない国際的な研究関心でもある。森先氏は、北日本の石器組成と人類行動戦略の関係や東京都前田耕地遺跡の資料分析に基づく人類定住化のプロセスなど、列島出土資料を駆使して導き出した成果を、著名な国際誌『Antiquity』をはじめ複数の海外誌に発表するなど、世界への研究発信にも意欲的に取り組んでいる。さらに、文化庁において文化財保護行政に携わった経験を活かし、埋蔵文化財による地域の魅力発信への貢献を企図した一般書や、考古学的視点から現代社会の諸問題・諸課題を照らす著書を上梓するなど、つねに社会との関わりを意識した研究を進めていることも特筆される。
このように、旧石器時代を主たる研究対象としながらも、隣接諸分野の成果を統合して広く人類史的な視点から魅力的な成果を上げている森先氏は、今後の日本考古学をリードする優れた研究者と評価できる。よって、第36回濱田青陵賞受賞者として選考するものである。
第36回濱田青陵賞選考委員長 小林達雄