〇那須浩郎(岡山理科大学)・内藤 健(農業・食品産業技術総合研究機構)・石川 亮(神戸大学)・菅 裕(県立広島大学)・大田竜也(総合研究大学院大学)

 本年度のC03班の研究成果の概要を、以下のように対象植物種ごとに紹介する。なお、本研究は、研究代表者の那須浩郎と研究分担者の菅裕、内藤健、石川亮、大田竜也、およびB04班の濱田竜彦とC02班の寺井洋平との共同研究の成果である。

1. ウルシ
 ウルシは中国原産の栽培植物とされているが、中国のどこで、いつ頃からドメスティケーションが起こり、日本列島にいつ伝来したのか、その歴史はよく分かっていない。福井県鳥浜貝塚では、12000年前頃のウルシの自然木が報告されており、これが本当にウルシだとしたら、縄文時代草創期には日本列島にウルシがあったことになる。しかし、漆製品は7300年前頃の石川県三引遺跡での出土例が最古のものであり、自然木の出土例と樹液としての漆利用の開始には数千年のギャップがある。本年度は、分担者の菅を中心に、中国湖北省のサンプルを中心とした現生ウルシの全ゲノム解析を行った。加えて、京都周辺のウルシを自然の山林からサンプリングし、これも全ゲノム解析を行った。さらに、ウルシの古代DNA分析を進めるための基礎研究として、現在の生漆にDNAが含まれているかどうかを検証した。今後は、漆製品の塗膜にDNAが含まれているかを検討する。

2.アズキ
 アズキはこれまで中国原産で、弥生時代以降に日本列島に伝来した栽培植物だと考えられていたが、縄文時代の遺跡から多数の炭化種子や土器の種子圧痕が見つかっており、縄文時代に日本列島でドメスティケーションが始まった可能性がある。本年度は、分担者の内藤を中心として、現生アズキと野生種ヤブツルアズキのゲノム解析を実施した。その結果、日本列島の栽培アズキが野生種ヤブツルアズキに最も近縁であり、アズキが日本列島起源の栽培植物である可能性が極めて高いことが示された。また、南東北から北関東の野生種が現在の栽培種に最も近縁であることも明らかになった。分担者の大田は、日本在来のアズキ品種の集団遺伝学的な解析を行い、過去における在来種の遺伝的な集団の大きさ(遺伝的多様性)の変遷を調べた。その結果、一部の在来種では遺伝的な集団の大きさが過去1000 ~ 2000年間に縮小していることが示された。那須は縄文時代の遺跡から出土したアズキ亜属の炭化種子のサイズ変化と種皮厚の変化を調べた。本年度は東京都の恋ヶ窪遺跡の縄文時代中期の炭化種子を調べ、アズキ亜属が出土することを確認した。ただし、そのサイズは野生種程度で小さく、同時期の中部高地と比べて小さいことが判明した。アズキの種子大型化は縄文時代中期後半に中部地方で始まり、急激な大型化は縄文時代後期になって、中国地方や南関東などに拡散した時に起きていた可能性が示された。この結果は、現生種のゲノム分析による推定起源地とは地域が若干異なっており、さらなる相互検証が必要である。種皮厚の変化は休眠性と関連するが、縄文時代早期~弥生時代までのいくつかの遺跡で調べた。その結果、縄文時代から弥生時代までのアズキ亜属の種皮厚は、野生種ヤブツルアズキの変異内に収まっており、種皮厚の形質変化は起きていないことが明らかになった。現在の栽培種アズキの「大納言」は、種皮が野生種と比べて厚くなっており、種子の吸水は種皮からではなく、臍の下にある腫瘤という部位にある割れ目で行われる。この腫瘤に割れ目が入るような変異が起きることが、吸水性の向上(休眠性の喪失)につながっている。来年度は、この形質変化がいつ起きたのかを調べる予定である。

3.イネ
 日本列島における稲作農耕の始まりについては、近年の圧痕法や炭化種子の直接年代測定による徹底した検証により、縄文時代晩期終末の突帯文期を遡らないことが分かってきた。今後の課題は、この時期に伝来したイネの品種特性の解明や生産性の評価である。イネについては、熱帯ジャポニカか温帯ジャポニカかの問題だけでなく、早生品種か晩生品種かといった品種特性や、脱粒性の程度など、当時のイネの生産性に関わる問題を検討しなければならない。本年度は、分担者の石川を中心にイネの種子脱粒性の喪失に関わる原因遺伝子の特定を進めた。その結果、イネの種子脱粒性を制御する遺伝子は少なくとも3つ(sh4,qsh1,qsh3)あり、穂の開帳性を制御する遺伝子1つ(SPR3)との組み合わせにより、脱粒性が喪失されることが明らかとなった。突帯文期から弥生時代のイネにこれらの変異があるかどうかを古代DNAと形態(脱粒痕)の双方から検討することが今後の課題となった。
 古代DNA分析については、B04班の濱田竜彦氏とC02班の寺井洋平氏の協力のもと進めている。本年度は、濱田らが発掘調査を進めている鳥取県青谷上寺地遺跡において、弥生時代の堆積物から未炭化のイネの籾殻を多数採取した。これについて寺井がイネの古代DNA抽出に成功しており、すでに5.2xのゲノム配列の決定を行なっている。来年度はこの資料の追加シークエンスにより10x以上の配列を得て、大田がゲノム解析を行い、石川の協力により弥生時代のイネの特徴とその起源を明らかにする予定である。また、他の遺跡由来のイネもDNAを解析する予定である。

4.ヒエ
 東アジア原産のイネ科雑穀であるヒエも、日本列島でドメスティケーションが始まった可能性のある作物で、その起源の解明が重要である。本年度は、縄文時代早期と中期の遺跡でヒエ属炭化種子の探索を行った。縄文時代早期の群馬県居家以岩陰遺跡では、これまでもヒエ属とアズキ亜属、ダイズ属の炭化種子が見つかっているが、今年度も多数のヒエ属炭化種子を発見した。ヒエ属種子のサイズは祖先野生種のイヌビエに類似することから、縄文時代早期には日本列島で野生種イヌビエの採集が行われていたことが示された。一方、縄文時代中期の東京都恋ヶ窪遺跡などではアズキ亜属は見つかるものの、ヒエ属種子は見つからなかった。このことは、縄文時代早期にはヒエ属が利用されていたものの、縄文時代中期にはヒエ属が利用されなくなった可能性を示している。現生のヒエのDNA分析については、分担者の内藤を中心に試料の収集を進めている。

5.クリ
 クリも縄文時代晩期の新潟県青田遺跡などで果実の大型化が示されており、縄文時代にドメスティケーションが起きていたかどうかが問題になっている。クリのドメスティケーションが、いつ頃、どのように起きたのかを知るための基礎資料を得るために、本年度から、現生の日本の栽培クリ(ぽろたん)の全ゲノム解析を分担者の内藤と大田を中心に進めている。