〇長田直樹(北海道大学)・佐藤孝雄(慶應義塾大学)・本郷一美(総合研究大学院大学)・寺井洋平(総合研究大学院大学)

 C02班の研究課題名は「先史人類による人為的環境形成(動物相)に関する研究」です。ゲノム科学と動物考古学の協業により、先史人類が日本列島にやってきて以来、わたしたちの祖先は周囲の環境を改変しながら環境に適応して生きてきました。環境の変化の1つとして、人類と動物との関係の変化があります。いくつかの重要な動物は家畜となり人類とのかかわりを強くし、社会構造にも大きな影響を与えてきました。また、狩猟の対象となる動物は人類の生業を支える重要な基盤の1つでもあります。他にも、人類の生活に寄生して生息域を広げていく動物も多く存在します。これらの動物を対象に、本年度は多くの動物を対象としたゲノム解析や古代ゲノム解析を行いました。主要な成果を動物種ごとにまとめます。

1)ハツカネズミ(Mus musculus

 ハツカネズミのもともとの生息域はインド付近だと考えられており、人類の移動や交易に伴って世界中に拡散していきました。3つの主要な亜種が知られていますが、日本の野生ハツカネズミは、北方由来のmusculus亜種9割と南方由来のcastaneus亜種1割の亜種間雑種であることが知られています。われわれは、世界中から集められた170個体のハツカネズミ全ゲノム解析を行うことにより、日本列島および中国南部における亜種ゲノムの混合様式について明らかにしました。日本列島においては、これまで北海道・東北にcastaneus亜種、それ以南にmusculus亜種が分布していると考えらえてきましたが、われわれの解析では日本海側の個体がよりcastaneus亜種の遺伝的成分が高いことが示されました。その他、日本列島の個体において、免疫にかかわる遺伝子やフェロモンの受容体において、castaneus亜種由来のゲノムが有意に多くなっている領域があることがわかりました。これは、南方由来のゲノムが何らかの理由で日本列島において選択を受けて広がったせいだと考えられます。成果は次の論文で発表されました。

  • K. Fujiwara, S. Kubo, T. Endo, T. Takada, T. Shiroishi, H. Suzuki, N. Osada (2024) Inference of selective force on house mouse genomes during secondary contact in East Asia. Genome Research, 34(3), pp. 366-375.
    doi: 10.1101/gr.278828.123

2)ジャコウネズミ(Suncus murinus

 ジャコウネズミはハツカネズミとは系統的に全く異なっており、モグラの仲間になります。日本列島においては沖縄諸島に広く分布しており、自然分布であるという説もあります。われわれは、沖縄や東南アジア由来の個体の全ゲノム解析を行い、1)沖縄の個体は自然分布ではなく東南アジアから渡来したものである。2)移入は一度ではなく、その後も繰り返し起こってきた。ということを示しました。ミトコンドリアゲノムの解析では、最初の渡来時期は約3000年前と推定されました。成果は次の論文で発表されました。

  • S.D. Ohdachi, K. Fujiwara, C. Shekhar, T.N. Son, H. Suzuki, N. Osada (2024) Phylogenetics and Population Genetics of the Asian House Shrew, Suncus murinus-S. montanus Species Complex, Inferred From Whole-Genome and Mitochondrial DNA Sequences, with Special Reference to the Ryukyu Archipelago, Japan. Zoological Science, 41, pp. 216-229.
    doi: 10.2108/zs230030

3)ニホンオオカミとイヌ(Canis lupus

 ニホンオオカミは日本列島において既に絶滅した種となります。C02班の研究グループでは、これまでに様々な角度からニホンオオカミやイヌの古代ゲノム解析を続けてきましたが、大きなマイルストーンとなる論文が公開されました。本研究ではニホンオオカミ9個体と日本犬11個体の高深度ゲノム解析を通して、1)ニホンオオカミは単系統であり、遺伝的に他のオオカミと異なるグループであること。2)ニホンオオカミはイヌに最も遺伝的に近縁なオオカミであること。3)ユーラシア大陸東側のイヌにはニホンオオカミの祖先がもっていたゲノムが含まれていること。などが明らかになりました。これらの結果はイヌの起源が東アジアであることをサポートしています。また、これまで直接の祖先が見つからなかったイヌにおける家畜化の起源の研究に一石を投じるものになります。また、縄文時代の犬のミトコンドリア解析も行いました。研究成果は以下の論文で発表されました。

  • J. Gojobori, N. Arakawa, X. Xiaokaiti, Y. Matsumoto, S. Matsumura, H. Hongo, N. Ishiguro, Y.  Terai (2024) Japanese wolves are most closely related to dogs and share DNA with East Eurasian dogs. Nature Communications, 15 (1680).
    doi: 10.1038/s41467-024-46124-y
  • X. Xiaokaiti, T. Sato, K. Kasai, K. Machida, K. Yamazaki, N. Yamaji, H. Kikuchi, J. Gojobori, H. Hongo, Y. Terai, T. Gakuhari. (2024) The history of ancient Japanese dogs revealed by mitogenomes. Anthropological Science, 132, pp. 1-11.
    doi: 10.1537/ase.230617