◯箱﨑真隆(国立歴史民俗博物館)・佐野雅規(国立歴史民俗博物館)・坂本 稔(国立歴史民俗博物館)・篠崎鉄哉(東京大学)・三宅芙沙(名古屋大学ISEE)
1.はじめに
本研究では、先史時代の日本列島域の古環境変遷を「酸素同位体比年輪年代法」および「炭素14スパイクマッチ法」を用いて、1年の時空間解像度で復元する。特に①縄文時代早期と前期を画する破局噴火「鬼界アカホヤ噴火」の誤差0年の年代決定、②過去6400年間にわたる年単位の降水量および太陽活動の復元と両者の関係性の解明、③4200-4300年前に起きた大寒冷化イベント(4.2-4.3kaイベント)の気候復元と列島各地の影響評価を目的とする。そのために、屋久島の火山性埋没木の採集と炭素14スパイクの再現、日本各地から採集した自然埋没木および遺跡出土木材の網羅的な酸素同位体比分析と炭素14分析、同時間断面における地域間比較に基づく気候変動の面的な復元を実施する。他班とも共同し、木材資料の新規獲得と年代決定を行い、より古く、より広い範囲まで古環境変遷の復元を進めつつ、他班に古環境・年代情報をフィードバックする。
2.令和5年度の活動報告
2.1 研究体制・環境の整備
酸素同位体比年輪年代法の研究で世界をリードしている名古屋大学大学院環境学研究科中塚武研究室に所属されていた佐野雅規特任准教授を、本研究の財源により国立歴史民俗博物館の特任准教授として雇用した。佐野特任准教授は、上記の研究計画を代表者とともに中心的に遂行する。
国立歴史民俗博物館は、令和5年度概算要求の採択により、自動グラファイト作成装置「Ionplus AGE 3」、安定同位体比質量分析計「Thermo scientific DELTA Q」、超高解像度デジタルマイクロスコープ「HIROX HRX-01」を導入した。これにより、従来から継続してきた炭素14年代測定のさらなる高速化、高効率化が可能となった。また、これまで名古屋大学または福島大学に依存してきた年輪セルロースの酸素同位体比測定が自前でできるようになった。今後、国立歴史民俗博物館は、酸素同位体比年輪年代法の国内第三の拠点として機能する。
2.2 調査・分析
遺物の年代測定および古環境データの獲得のため、岡山県津島岡大遺跡、千葉県高谷川低地遺跡、秋田県成沢2遺跡、福井県西塚古墳、埼玉県膝子遺跡などの出土木材を分析した。関東の古気候復元の基礎データの獲得のため、東京都高輪築堤の枕木、千葉県山武市のスギ、佐倉市のモッコク、エノキ、旭市のボダイジュなどを採取した。
2.3 成果公表
本研究に関連する成果を書籍1件、国際誌論文4件、国際会議3件、国内学会5件、埋文報告書2件、一般向け講演会3件にて公表した。また、NHK Eテレの「ザ・バックヤード」に研究代表者が出演し、樹木年輪の炭素14に基づく太陽活動復元研究について紹介した。
2.4 教育・社会貢献
東京大学大学院新領域創成科学研究科所属の博士課程院生の博士論文研究、東京学芸大学大学院教育学研究科所属の修士課程院生の修士論文研究に必要な試料、データ、実験環境の提供を行なった。
3. 令和6年度の活動計画
酸素同位体比年輪年代法は、年代測定の物差しとなる「標準年輪曲線」が存在する時代・地域の資料にしか年代を与えられないという制約がある。気候復元や木材産地推定などの応用研究も標準年輪曲線なしにはなし得ない。
現時点では、中部・近畿地方のヒノキから構築された過去2600年間の標準年輪曲線(Nakatsuka et al. 2020)と、日本海側のスギから構築された2つの先史時代の標準年輪曲線(2349–1009 BCE、1412–466 BCE)(Sano et al. 2023)しか公表されていない。古環境復元を時空間的に高精度に実施するためには、標準年輪曲線の拡充が必須である。
令和6年度は、これまでに蓄積してきたデータをもとに、北日本版の新たな標準年輪曲線を公表する。また、紀元前3000年を突破する東アジアで最も長い標準年輪曲線の構築も進め、公表を目指す。これらの標準年輪曲線によって、幅広い地域・時代の木材資料の年代決定を可能にし、得られたデータに基づいて高精度な気候復元を進める。本研究の第三の目的である「日本列島における4.2-4.3kaイベントの復元」の達成を目指す。
令和6年は年始から巨大地震と大津波によって始まった。また、房総半島のスロースリップに起因する中小規模の地震が千葉県において頻発している。東日本大震災から13年、熊本地震から8年の月日が経過したが、これらの地震は日本が災害列島であることあらためて想起させる。先史・歴史時代ともに、高精度に年代決定できていない地震・津波はまだまだ多数存在する。分担者の篠崎を中心に、各地の津波堆積物およびそれに含まれる埋没木を対象とした炭素14年代測定、酸素同位体比年輪年代測定の準備も進めている。C01班では引き続き、気候変動、火山活動、地震・津波など、人間社会に多大な影響をもたらした環境変動に高精度に年代を与え、その影響を正確に評価できる基盤を構築していく。