〇中村 大(立命館大学)・河合洋介(国立国際医療研究センター)・高瀬克範(北海道大学)・山口雄治(岡山大学)・NOXON Corey(立命館大学)

 B05班は、考古・人骨・環境データの統計解析と自然科学分析をもとに、縄文時代を中心に時間的・空間的解像度の高い人口推定を行うことを目的とする。令和5年度は、データ構築と分析手法の改良を進めた。令和6年度はこれを継続するとともに、同じ地域・時期で複数の異なる人口動態研究を実施するための準備を進める。メンバーの研究成果の概要は以下のとおりである。

1.東北北部における遺跡数にもとづく縄文時代の人口動態推定(中村)

 発見バイアスがより低い遺跡数と総人口推定がより容易な住居数の両者の利点を活かす人口推定手法の開発を行った(図1)。100年幅で地域単位の年間平均人口数が推定可能である。遺跡出土土器の型式・時期をもとに、各遺跡について100年幅の時間ブロックごとの存在確率を与える。このために、暦年代を伴う土器編年と縄文早期から晩期までの暦年代を100年幅に分割した時間ブロックを整備した。時間ブロックごとに存在確率の総和を求めると、100年幅ごとの年間平均遺跡存在数の近似値を得る(図1)。これに適切な係数を乗じると、年間平均人口数を推定できる。100年間隔の時系列データにすることで、人口変動の速度・大きさを的確に捉えることができる。青森県域のデータ構築では、約620冊の報告書のデータを入力した。縄文前期中葉(5900年前頃)以降に数回の大きな人口の波が生じていた可能性を指摘できる。

図1 青森県域の縄文時代人口の動態推定結果(2024年3月時点の暫定値)

2.全ゲノムデータから推定する日本人集団の集団史(河合)

 今年度は、解析対象のゲノム情報の準備のための解析と、データベース構築を主に行った。ナショナルセンターバイオバンクネットワークのバイオバンクの解析で得られた全ゲノムシークエンス解析(WGS解析)で取得されたゲノム情報の提供を受けた。さらに、琉球大学から提供された沖縄バイオインフォメーションバンクと、新学術領域研究「ヤポネシアゲノム」で取得したWGS解析で得られたゲノムデータの提供を受けた。これらの現代人のゲノムデータを本研究で利用するための倫理申請を、国立国際医療研究センター倫理審査委員会に申請して承認された。現代日本人のゲノムデータに加えて、公的データベースから入手した世界各地のさまざまな集団のWGS解析データを加えて、データ統合を行った。具体的には、GRCh38に、マッピングデータからGATK Haplotype Callerでバリアントコールを行い、結合処理(Joint Call)をして単独のデータセットを作成した(図2)。さらに、古代人ゲノムデータから過去の人口を推定するために、ヤポネシアゲノム研究など日本列島で収集したゲノムデータを、B04班神澤秀明氏から提供を受けた。さらに、主に東アジアを中心とした遺跡から出土した人骨の解析で得られた古代人のゲノムも、公的データベースからダウンロードした。現代人のハプロタイプ情報を使ったimputationを行い、全ゲノム解析に匹敵する数のバリアントを含む解析データセットの構築を行った。

図2 分析結果 (左:東アジア、右:日本)

3.北海道北部・東部出土キタオットセイ・マダラの同位体分析(高瀬)

 海洋資源への依存度が長期間に渡って高い北海道においては、過去の海洋生産性と人口変動の間に何らかの関係があった可能性がある。この仮説を検証するため、道北6遺跡、道東5遺跡から出土したキタオットセイ(Callorhinus ursinus)51個体とマダラ(Gadus macrocephalus)39個体の窒素・炭素・酸素同位体分析を行った。キタオットセイのδ15Nは、道東の縄文前期と続縄文で低いものが多いが、これは、道東では道北よりもサイズが小さいため、成長段階の違いが反映された結果と考えられる。また、すべての同位体でキタオットセイとマダラのあいだの連動性は低く、回遊範囲の違いを考慮すれば、キタオットセイは北太平洋西部、マダラは北海道沿岸の海洋環境を反映している可能性がある。マダラでは、道北よりも道東でδ13Cが高く、続縄文からオホーツク文化にかけてδ15N、δ18Oが低下する傾向が明確である。要因として、海洋生産性だけでなく、人類の漁労活動や集団構造・回遊ルートなどの変化も想定しうる。道東の人口はオホーツク文化期に増加し、その後、一貫して低下したと推定されている。擦文文化終末期以降の人口減は、海洋生産性の低下と関係しているかもしれないが、オホーツク文化期の人口増はそれでは説明できない。この時期は、擦文文化の道東進出など別の要因も関係してくるため、解釈がまだ難しい。今後、古代DNA分析やアミノ酸同位体分析も併用し、その背景を特定する予定である。

  • (研究ノート)高瀬克範・西田義憲・右代啓視(2024)「キタオットセイ遺存体のDNA分析および炭素窒素・酸素安定同位体分析-北海道博物館所蔵の北見市常呂栄浦第一・稚内市大岬1遺跡出土資料-」『北海道博物館研究紀要』第9号、37-52頁 (オープンアクセス有)
  • (学会発表)高瀬克範・西田義憲・蔦谷 匠『遺跡出土キタオットセイおよびマダラのDNA・同位体分析』第23回北アジア調査研究報告会、於東京大学、2024年

4.住居の復元による移動性の洞察(NOXON)

 今年度は、縄文時代の人口動態の理解を深める2つの異なるアプローチのためのデータ収集を進めた。まず、縄文時代に作られた様々な形の住居を建設するのに必要な材料とエネルギー資源の定量化である。先行研究では、移動性と住宅建築に必要なエネルギー量との関連性が確認されている。実験的考古学モデルとして住居跡や復元住居のスキャンをもとに3Dモデルを構築した。これは、材料の調達や建設にかかるエネルギー消費量の見積もりに使われる。異なる住居タイプ間の量的な違いを特定できれば、使用される住居タイプの変化が、居住における移動性の変化と関連付けられる可能性がある。次に、東京都の多摩地域と山梨県北杜市周辺をケーススタディ地域として、斜面、眺望、水源までの距離などのGISデータを収集した。地理的特徴をもとに遺跡が存在する可能性が高い場所を推定することで、現在の遺跡分布データが本来の遺跡分布を端的に示すものではない可能性がある場合を評価することができる。

5.貯蔵穴群の形成過程(山口)

 西日本の低湿地型貯蔵穴には、出土遺物が少なく、時期決定が難しいものもある。貯蔵穴群が一時期の所産なのか、または継続的な利用の結果なのかについての議論が難しい。人口規模を推定する際にも、貯蔵穴の数と容量が根拠とされることもあるため、上記の問いは重要な問題といえる。そこで、岡山県赤磐市に所在する南方前池遺跡の貯蔵穴群の年代測定を行った。本遺跡の貯蔵穴群は、出土土器から、これまで単一時期の所産と考えられてきた。年代測定の結果、中期後半~後期前葉、後期後葉~晩期中葉までの年代が得られた。2時期に別れるようであるが、貯蔵穴の同時利用数は少なく、連続的な利用の結果として貯蔵穴群が形成されたことがうかがえる。この結果は、集団・人口・居住形態等の問題に影響を与えうる。

  • 山口雄治『貯蔵穴群の形成過程-岡山県南方前池遺跡の年代測定結果から-』第89回日本考古学協会総会・大会、於東北学院大学、2023年
  • 山口雄治(2024)「岡山の縄文時代:環境・文化・人口」『岡山の自然と文化』43、53-102頁