〇出穂雅実(東京都立大学)・森先一貴(東京大学)・岩瀬 彬(東京都立大学)・大橋 順(東京大学)・長谷川精(高知大学)・勝田長貴(岐阜大学)・志知幸治(森林総合研究所)

1.B01班の研究目標と計画

 約4.6〜4万年前にユーラシア大陸に最初に拡散した上部旧石器時代初期(Initial UP)の現生人類集団は、ユーラシア西部では、後続する同時代前期(Early UP、4〜3万年前)以降の集団とは遺伝的な系統関係にない、いわゆる「ゴースト集団」の可能性が高いことがわかってきた。約3.8万年前に日本列島に最初に植民した現生人類集団は、このゴースト集団と遺伝的・文化的関係を持っていたのだろうか。また、急激な変動を繰り返す当時の自然環境は、日本列島への集団の拡散と適応にどのような影響を与えたのだろうか。文化証拠、古環境証拠、古代DNA証拠の全てが断片的であるため、正確な理解への到達と総合化を妨げている。
 B01班の主要な研究疑問は、(1)約4.6万年前にユーラシア大陸に拡散した現生人類のゴースト集団はユーラシア東部にいつどのように出現したのか、(2)約3.8万年前に日本列島に最初に出現した集団はこの「ゴースト集団」とどのような遺伝的・文化的関係を持っていたのか、(3)急激な変動を繰り返す当時のユーラシア東部の自然環境は、日本列島のEarly UP集団の出現と展開にどのように影響したか、の3点である。
 本研究では、後期更新世(特に5万年前以降)における、現生人類のユーラシア東部から日本列島への拡散、定着、変化、移動、撤退、消滅とその理由を探るため、文化証拠、古環境証拠、古代DNA証拠の実証的研究をおこなう。分析対象地域は、気候メカニズムが異なる内陸アジア、環日本海、及び日本列島太平洋沿岸に3区分し、地域毎に各証拠の復元と対比をおこなう。この作業を通じて、後期更新世におけるユーラシア東部の現生人類集団の社会的・遺伝的変化と自然環境変化を総合的に説明する変遷モデルを構築する。

2.2023年度活動報告

 今年度は本研究プロジェクトの初年度のため、班員全員によるオンライン会議やメール会議を適宜実施するなどして、今後の研究がスムーズに展開できるよう準備・調整に努めた。以下では、B01班の今年度の主要な研究実施項目を、(1)考古学、(2)古代DNA、(3)古環境・古生態、および(4)各項目の対比・統合に分けて示す。
(1)考古学:国外では、モンゴル、タルバガタイン・アム(T-Am)遺跡の発掘調査および出土資料の整理・分析を、出穂と研究分担者の森先が実施した。中国、韓国、およびモンゴルでの研究情報の収集をおこなった。また、韓国黒曜石分析および遺跡立地分析を研究協力者の大谷と出穂が実施した。加えて、遺跡出土年代測定サンプル等の準備・調整を行った。
 国内では、長野県大久保南遺跡の発掘調査を研究分担者の岩瀬が、また北海道秋田10遺跡の発掘調査を出穂・森先・大谷、および研究協力者の山田が実施した。この他、日本列島の放射性炭素年代の集成とKDEモデルの作成を実施した。北海道を出穂・大谷が、本州以南を森先・岩瀬が担当した。
(2)古代DNA:研究分担者の大橋が、先行研究の収集、および弥生時代以降における日本列島での混血モデルの構築をおこなった。
(3)古環境・古生態:研究分担者の長谷川・勝田・志知が国内外の研究を遂行した。国外では、今年度に計画していたモンゴル、ブイル湖堆積物コアの採取は、例年にない暖冬の影響により、湖表層の結氷が十分に進まなかったため、次年度に実施を延期した。ブイル湖の表層堆積物コアを用いたPb年代測定と過去約100年間の古環境変動復元、および中国北東部ジンポ湖堆積物コアを用いた完新世中期以降の古環境変動解析を勝田が実施した。また、バイカル湖湖底堆積物の花粉データによる植生復元を志知がおこなった。国内では、新潟県柏崎市から全長5mの堆積物コアを採取し、層相記載と分取作業をおこなった。
(4)各研究項目の対比・統合:志知・出穂は、約4.5~4.0万年前のバイカル地域で起こった温暖化が森林ステップを拡大させ(図1)、ほぼ同時に現生人類を拡散させたことを明らかにした(Shchi et al. 2023 Science Advances)。この他、国内の遺跡から採取した堆積物サンプルを対象として、A02班との共同研究を実施した。

3.2024年度活動計画

(1)考古学:国外では、モンゴルでの発掘調査を継続して、各種サンプルを採取する。また、中国と韓国での研究を継続する。国内においても長野県大久保南遺跡および北海道秋田10遺跡の発掘調査を継続する。日本列島の考古遺跡年代分布(KDEモデル)の作成は、古代DNAおよび古環境・古生態研究成果との正確な対比のために重要なので、重点研究項目として完成を急ぎたい。また、中国と韓国のKDEモデル作成のための情報収集をおこなう。
(2)古代DNA:先行研究の収集を継続すると共に、ユーラシア東部における集団移動モデルを構築する。
(3)古環境・古生態:国外では、モンゴル、ブイル湖堆積物コアの採取を実施する。また、ブイル湖表層堆積物コアのPb年代測定と過去約100年間の古環境変動復元をおこなう。さらに、中国北東部・ジンポ湖堆積物コアを用いた完新世中期以降の古環境変動解析の研究成果をまとめる。国内では、新潟県柏崎市で採取した堆積物のC-14年代測定、化学組成・安定同位体組成分析、および花粉分析をすすめ、植生変遷を復元する。さらに、ユーラシア東部から日本において、酸素同位体ステージ3の花粉データを収集し、地域ごとの植生と気候の特徴を明らかにする作業に着手する。
(4)各研究項目の対比・統合:日本列島のKDEモデルの作成が完了次第、古代DNAと古環境・古生態のデータと試みの対比をして、研究成果の統合の方向性を探る予定である。

図1 針葉樹花粉の割合と人類の居住強度の比較(Shichi et al. 2023に加筆)