◯日下宗一郎(東海大学)・瀧上 舞(国立科学博物館)・坂上和弘(国立科学博物館)

1.研究の目的

 新たな学問領域である「統合生物考古学」を構築するために、本計画研究では、過去の食生態と社会組織の統合に必要である先史時代の食性と移動を明らかにする。他班より研究資料の提供を受け、資料の年代測定および炭素・窒素同位体分析、ストロンチウム同位体分析を行い、その結果をそれぞれの班にフィードバックする。班独自としては、各遺跡出土人骨について同様の分析を行い、あわせて時代差・地域差についての調査研究も行う。本計画研究が先史時代の食生態を明らかにし、他班の先史社会の研究成果と統合することで、研究項目A「日本列島域における先史人類社会の分析」へと貢献する。
 先史時代の人々の食性や移動、年代を調べることで、先史社会の復元に貢献することを本計画研究の目的とする。古人骨のコラーゲンの炭素・窒素同位体分析によりタンパク質源を復元する。古人骨のハイドロキシアパタイトの炭素同位体分析によりエネルギー源を推定する。また、歯のストロンチウム同位体分析により移動した人を検出する。これを複数の遺跡について対象とすることで、先史社会の食性や移動とその変遷を復元する。

2. 研究実績の概要

 はじめに、本研究では、東海大学に安定同位体比質量分析装置を導入した。前処理装置には、コラーゲンなど有機物の炭素・窒素含有量を測定することのできる元素分析装置と、ハイドロキシアパタイトの二酸化炭素ガスを測定することのできるガスベンチが付属している。昨今の世界的な半導体不足の影響によって、質量分析装置の納品は12月に行われた。その後、試運転を行って使用方法を習得した。
 資料の炭素・窒素安定同位体比は、同位体比が国際的に定まっている国際スタンダードを基準に報告される。国際スタンダードの配布量はわずかであるために、通常の測定ではワーキングスタンダードを使用する。このため、炭素・窒素同位体測定用に、新たにワーキングスタンダードの作成を行った。まず、材料となるアラニンの同位体比を測定した。アラニンを超純水に溶解させ、13Cや15Nの含有量の多いアラニンを微量に添加した。撹拌後、凍結乾燥することで目的とする高い炭素・窒素同位体比を示すアラニンを得た。今後、国際スタンダードとワーキングスタンダードを同時測定することで、ワーキングスタンダードの値決めを行っていく予定である。
 資料採取に関しては、愛知県の安城市歴史博物館を訪問して、縄文晩期の堀内貝塚資料の調査を行った。古人骨5点と動物骨5点の資料を採取させていただいた。今後、コラーゲン抽出を進めて食性復元を行う予定である。さらに、A01班との共同研究で、愛知県の川地貝塚人骨の食性解析と年代測定を行い、そのデータを人類学会で発表した。年代に沿って同位体比に変動が見られた。墓域には埋葬小群が認められ、年代によって埋葬位置が異なっていた。抜歯系列も年代によって変遷が見られ、食性や風習の変遷をたどることのできる興味深い事例である。また、岡山県の津雲貝塚出土人骨に関して、放射性炭素年代測定20点を委託して行った。来年度、追加測定した後で、データ解析を行う予定である。
 国立科学博物館の収蔵資料では、八丈島の倉輪遺跡の1号人骨・2号人骨の年代測定を試みた。しかし、頭骨片からコラーゲンを回収できず、残念ながら年代測定に進むことが出来なかった。B04班との共同研究で、青谷上寺地遺跡の人骨コラーゲンの年代測定を再度実施した。これまでの実験で、コラーゲンの状態が悪く、期待される年代を得られていなかった。今年度は限外ろ過の前処理を加えてコラーゲン抽出を行い、放射性炭素年代測定を行った。現在、年代データの解析を進めている。また、青谷上寺地遺跡の古人骨について頭蓋1号と8号の二個体の復顔を行った。さらに、青谷上寺地人骨の歯のエナメル質のSr同位体測定を行った。現在、予備的なデータを得られており、解析を進めることで、遺伝学的データとも合わせた人の移動を検討できる見込みである。これらの青谷上寺地遺跡の成果の一部について、3月16日に開催されたとっとり弥生の王国シンポジウム「続々・倭人の真実―見えてきた青谷上寺地遺跡の人びと」において報告した。
 若手研究集会「かささぎミーティング」において、分担者の瀧上は運営に参画した。

3.今後の研究

 来年度も引き続き、古人骨の同位体分析によって、食性と年代を調べていく。愛知県のほかの貝塚遺跡に関しても資料採取を行って、縄文時代後・晩期の食性の変動について検討を進める。すでに放射性炭素年代測定を行った吉胡貝塚出土人骨の年代についても検討を行っていく。また、津雲貝塚出土人骨の年代測定を進めていく。質量分析装置に関しては、ワーキングスタンダードを何度も測定することで、コラーゲンの炭素・窒素同位体比を測定できる環境を構築する。また元素分析装置を、試料が微量でも測定できるように改良を施す予定である。
 B04班との共同研究である青谷上寺地遺跡の人骨の食性・年代・移動の検討についても、継続して進める。特に、限外ろ過を行った資料の年代測定データの解析や、得られたSr同位体比データの解釈について行う。